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仙台高等裁判所 昭和43年(う)163号 判決 1968年11月28日

被告人 守谷正夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処する。

理由

本件控訴の趣意は、仙台区検察庁検察官事務取扱検事丸山源八名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人橘川光子名義の答弁書に記載されたとおりであるから、それぞれこれを引用する。

一、被告人が開けたドアに被害者が接触したかどうかについて

熊谷千恵子の司法警察員に対する供述調書、証人佐藤辰雄の原審公判廷(第一四回公判調書)における供述、証人佐藤太利治及び同小野寺末治の原審公判廷(各第二回公判調書)における各供述(以下「第一回佐藤証言」及び「第一回小野寺証言」という。)、原審における証人佐藤太利治及び同小野寺末治に対する各証人尋問調書(以下「第二回佐藤証言」及び「第二回小野寺証言」という。)、当審における証人佐藤太利治及び同小野寺末治に対する各証人尋問調書(以下「当審における佐藤証言」及び「当審における小野寺証言」という。)、司法警察員作成の実況見分調書、仙台東警察署巡査片倉信撮影の写真四葉、原審における昭和四二年六月三〇日施行の検証調書(以下「第一回検証調書」という。)及び当審における検証調書によれば、原判示熊谷正哉が転倒した地点付近は、幅員約一五・八メートルのコンクリート舗装された見とおしのよい平坦な国道四五号線の北側部分で、同国道の中央部は幅約五・六五メートルにわたり仙台市電原町線の軌条敷となつているほか、両側に幅約三メートルの歩道が設けられ、その路面は当時乾燥しており、進行中の自転車が転倒する原因となるような障害物ないし路面の凹凸はなかつたこと、熊谷正哉は当日良好な健康状態のもとで出勤し、普段から達者に自転車を乗り廻していたこと、同人が乗つていた自転車(以下「本件自転車」という。)には自動二輪車との追突によつて生じたと思われるような痕跡が何ら認められなかつたこと、当時被告人が運転手席に乗車中の原判示普通貨物自動車(以下「本件自動車」という。)は熊谷正哉が転倒した地点付近の道路上に前部を東方に向け、北側歩道の縁石線より車体右側まで二メートルの間隔がある位置にあつたが、前記仙台市電原町線を西進する電車の運転台より、本件自動車の前部左端まで約三四メートル距離を置いて、本件自動車の右側ドアを約一〇センチメートル外側へ開いた状況を斜め右前方に見る場合、右側ドアが外側に開いたことをたやすく覚知することはできないものと認められること、佐藤太利治は当時仙台市電原町線を西進する二〇〇型電車に乗務して、定時に原町停留所を発車し、鹿島通停留所に停車したのち、時速一五キロメートルぐらいの速度で本件事故現場東方付近の軌条上を運転進行していたもので、当時付近の軌道敷北側の舗装部分を東進する車両は、本件自転車と小野寺末治運転の自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。だけであつたことをそれぞれ認めることができ、これらの情況的事実と対照しながら、第一回及び第二回佐藤証言の信憑性を検討すると、佐藤太利治は前記市電に乗務して西進中に、本件自動車の前部より東南に約四一・七メートル離れた地点から本件自動車の右側ドアが一〇センチメートルよりも大きな角度で外側に開き、折から本件自動車の右側を本件自転車に乗つて進行中の熊谷正哉の身体か本件自転車の車体のいずれかが同ドアに接触するのを目撃したとする限度において、十分にこれを信用することができるものと認められる。もつとも、第一回及び第二回佐藤証言には、原判決が説示するように、本件自動車が当時停止していたこと及び本件自動二輪車がすでに転倒していた本件自転車の前輪に触れて転倒したことが明らかであるのに、本件自動車が動いていたように見受けたとか、本件自動二輪車が本件自転車に触れなかつたとする点において、客観的状況に反する供述部分が存するけれども、佐藤太利治は西進する市電の運転台より前記接触状況を目撃したのであり、右側ドアが開いたことから、その直前の時点において本件自動車が動いていたものと見誤つたことも十分に考えられるところであり、また、本件自動二輪車の転倒地点と右市電の停車地点との位置関係からいつて、佐藤太利治において本件自動二輪車が本件自転車に接触したのを目撃しなかつたとしても何ら不合理ではなく、右供述部分が存することだけから、第一回及び第二回佐藤証言に信憑性が全くないものと断定することは適当ではない。なお、第一回及び第二回佐藤証言によれば、本件自動車の右側ドアは全開に近いほどに開いたというのであるけれども、当審における検証調書によれば、当審における検証の際に本件自動車と同型の普通貨物自動車について佐藤太利治にその目撃した右側ドアの開いた状況を再現させたところ、同ドアの外側端が運転手席後部右端より六〇センチメートル離れる程度に外側に開いた状態であつて、同ドアの開閉軸を中心として車体右側より、おおよそ六〇度外側へ開いた状況であることが推認されるので、第一回及び第二回佐藤証言中本件自動車の右側ドアが全開に近いほどに開いたとする部分もそのままには信用することができない。

ところで、司法警察員作成の検視調書、原審証人神崎一吉に対する証人尋問調書(以下「神崎証言」という。)、証人赤石英の原審公判廷(第九回公判調書)における供述によれば、熊谷正哉の左手小指根元外側に擦過傷が認められ、本件自動車のドアの高さと本件自転車の地上高からみて、同擦過傷は本件自動車のドアに接触して生じた可能性があるというのであつて、この事実と前掲各証拠を総合すれば、熊谷正哉は本件自転車に乗つて本件自動車の車体右側と少なくとも五十数センチメートルの間隔を置いて、本件自動車の右側を通過しようとした際、本件自動車の右側ドアが突然約六〇度ぐらい外側へ開いたため、同ドアが本件自転車のハンドル左側握手を握つていた同人の左小指に接触したものと認めるのが相当である。被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書ならびに原審公判廷(第一回及び第一三回各公判調書)及び当審公判廷における供述のうち、右認定に反する部分は、前顕各証拠と対照して、直ちに信用することができない。

二、熊谷正哉の転倒は本件自動車の右側ドアとの接触によるものかどうかについて

一において認定した本件事故現場付近の道路状況、熊谷正哉の健康状態及び自転車操縦能力、熊谷正哉が転倒した当時本件事故現場付近の道路を東進中の車両は本件自転車と本件自動二輪車だけであつたこと、本件自転車には本件自動二輪車による追突を思わせるような痕跡が何ら認められないことという情況的事実に第一回及び第二回佐藤証言(ただし、前出の信用しない部分を除く。)、神崎証言及び医師神崎一吉作成の死亡診断書を総合すると、熊谷正哉は本件自動車に乗つて本件自転車の右側を通過しようとした際に、一で認定したように、本件自動車の右側ドアが開いてこれに接触したのち、進路右斜め前方に向けふらつきながら進んだうえ、本件自転車より路上に仰向けに転倒し、路面で後頭部中央右側を強打したため、脳挫傷を生じて死亡するに至つたものであることを認めることができる。証人熊谷善則及び同植田博の原審公判廷(各第三回公判調書)における各供述、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、被告人の原審公判廷(第一回及び第一三回各公判調書)における各供述ならびに当審における証人熊谷善則及び同植田博に対する各証人尋問調書中、本件自転車が本件自動二輪車により追突されたとする各供述部分は、前記各情況的事実と対照して、これを信用することができない。

三、被告人の過失の有無及びその程度について

司法警察員作成の実況見分調書、第一回検証調書及び当審における検証調書によれば、昭和四一年二月一三日午前一一時より同一一時三分に至る間の本件事故現場付近の道路における交通量は自動車が四台、その他の諸車が三台というのであつて、当日は日曜日であつたため、その他の曜日のようには交通頻繁でなかつたものと認められるけれども、本件事故現場付近は人家の稠密した市街地であつて、本件自転車の後方より本件自動車に近接してその右側を通過しようとする自転車のあり得ることをたやすく予測することができるといわなければならないし、本件自動車の右側フエンダーミラーによりあるいは運転手席後部に設けられたガラス窓越しに、本件自動車の後方よりこれに近接してその右側を通過しようとする自転車があることをたやすく確認することができることが明らかである。ところで、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人は熊谷正哉が本件自転車に乗つて本件自動車の右側を通過しようとした際、運転台内に風を入れようとして、本件自転車を確認するための措置を何ら採ることなく、不用意に本件自動車の右側ドアを開けたものであり、当時満一六年の高校生ではあつたが自動三輪運転免許を有していたことが明らかであつて、前記一及び二で認定した本件自動車の右側ドアと熊谷正哉との接触状況及び同人の転倒状況をも考え合わせて総合的に判断すると、被告人が本件自転車を確認することなく本件自動車の右側ドアを約六〇度外側へ開く程度に開けたことは通常人として有すべき注意義務を著しく怠つたもの、つまり重過失にあたるものと解するのが相当である。

四、してみると、原判決が、第一回及び第二回佐藤証言を排斥して、被告人は本件自動車の右側ドアを約一〇センチメートル外側へ開いたにとどまるとし、また、熊谷正哉は同ドアと接触することなく、ふらふらと進行したうえ、転倒したもので、被告人には過失がないとしたことは、証拠の取捨選択を誤り、ひいては事実を誤認したものというほかはなく、この事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

論旨は理由がある。

五、そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのように自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年二月一三日午前一〇時二〇分ごろ仙台市原町苦竹字町五七番地先道路左側に駐車中の普通貨物自動車の運転台に乗車中に右側ドアを開けようとしたが、同所付近は人家の稠密した市街地であり、同自動車の右側方に近接して通過しようとする自転車があることはたやすく予測することができるのであるから、前記ドアを開くにあたつては、右側フエンダーミラーによりあるいは運転台後部に設けられたガラス窓越しに右後方からの交通の安全を確認するなどして、事故の発生を未然に防止する注意義務があるのに、これを怠り、たやすく採れるこれらの措置に何ら出ることなく、不用意に右側ドアを開けた重大な過失により、折から同車の後方から自転車に乗つて進行して来た熊谷正哉(当時四三年)に同ドアを接触させて同人を路上に転倒させ、その結果、同人に脳挫傷等の傷害を負わせ、右傷害により翌一四日午前一時ごろ同市鉄砲町二四八番地安田病院において死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法第二一一条後段、罰金等臨時措置法第三条、第二条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で処断すべきところ、被告人の過失の態様、被害者にも本件自動車にやや近接しすぎて進行した落度が認められること、被告人の年令、経歴、資産関係、家庭の状況等諸般の情状にかんがみ、被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処し、当審及び原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により全部被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)

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